タイトル変わってるけど、続き物ですよ。じゃあ本編行こうか




さて、北上市にて野営を行ったわけですがね


寝袋無しだったんで寒さで叩き起こされました


深夜走って来る時も寒くてカッパ着込んだので、なんとなく想像はしてたんですけどね。気温はおそらく10℃台前半か一桁だったんじゃないかと。荷物減らすために、寝袋持ってこなかったのが仇になりました

やはり寝起きの寝ぼけ頭で寒いのは死なないとわかってても、俺死ぬんじゃね?って気がしてくるので嫌なものです。

次のために防災用のアルミフィルムの寝袋位用意しておきましょう


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朝のキャンプ場。霧に包まれており、結構冷え込んでいたのがうかがえます。


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そばには池があるんですが、なかなか幻想的な景色になってました


起きてからはキャンプの日課なフライシート干しをしてから、朝飯やテントの撤収をある程度すすめたり。


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フライシートを拭いたウエスは、箱に挟んで走行風で乾かします。箱にはこういう使い方もあるのです


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<<Мрія Team,time to take off>>


朝7時、北上市総合運動公園を出発。すぐに国道4号へ合流し、北上開始。この日は目的地の八戸までの予定。途中、奥入瀬渓流と八甲田山を通るルートです。

朝の国道4号は快適そのもの。一気にペースを上げて突き進みます


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盛岡市にて北上川の看板と。時刻は8時過ぎ。


さて、写真撮ったはいいですが、この後箱の上で滑り止めを何もしてなかったカメラが、重力に引かれて垂直落下ブレンバスターを食らいました。

Мрія1の箱は私の胸くらいの高さがあるので、当然無事では済まずレンズがワンパン大破。


この先写真が撮れないのも困るので、このまま盛岡にて電気屋の開店待ち。この先一眼のレンズおいてそうな店なさそうだったので

10時までケーズデンキ開くまで待って、そこでタムロンのレンズを値引き込の29000円で購入。広角ズームレンズがこれしかなかったので買いましたが、全域F2.8の明るいレンズで満足。

でもニッコールレンズとズームリング回す方向が逆で慣れるまで時間かかりそう


そして、盛岡からは国道4号から外れて国道282号へ。内陸へと進んでいきます。

その後国道103号へと乗り換え北へと進む


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国道103号の途中、十和田湖を見渡す展望台で小休止。十和田湖って名前だけは聞いてましたが、意外とデカいんですね

その後、国道103号で十和田湖西岸を通って奥入瀬渓流へ。



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さて、今回のツーリングの第一目的地の奥入瀬渓流がこちら。道路とほぼ同じ高さを川が流れているというなかなかお目にかかれない道路です。割と有名なためか、結構車も通ります


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全景はこんな感じ。ほんとにすぐそばです。


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奥入瀬渓流沿いは散策用の遊歩道が整備されており、そこを歩いてる人も多いです。滝があったり、全線にわたって森林浴も楽しめるので、歩いてみるのもまた一興かもしれません。


奥入瀬渓流を抜けた後は国道103号を北西へ。

この道平坦な道だと思ってましたが、ガンガン高度があがっていきます。まさか峠越えになるとは思わなかったとです。


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その道中の睡蓮沼という場所での一枚。ISO感度の設定ミスって白飛びしちゃってますが、正面に見える山が八甲田連峰。
雪中行軍遭難事件で有名な場所ですが、実は八甲田山という山は存在せず、このあたりの山の総称だったりします。


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峠の下りに入ってからの展望台にて。結局ここで高度1000mまで登りました。

この後、山を下りきって、青森市にある第二の目的地へと向かいます。



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第二の目的地はここ八甲田山雪中行軍遭難資料館です


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資料館に入って、まず目に付く銅像。八甲田山の遭難事件において、立ったまま仮死状態で発見されたという後藤房之助伍長の銅像(レプリカ)です。
本物は後藤伍長が発見されたという地点にあるそうです。

さて、この事件についてですが、1902年におこった事件であり、訓練に参加した210名のうち199名が死亡という冬季訓練で最大の死傷者を出すと同時に、冬山登山における最大級の遭難事件でもあります。

ここでは遭難した青森歩兵第5連隊がどのような背景で行軍を計画し、そして遭難し、その後どういう経緯で救出まで至ったかを貴重な資料と共に勉強できます。

その辺のくわしい経緯はウィキペたんに任せるとして、一言でまとめると、この事故の原因は「慢心」につきます。
実はこの時、同時に弘前歩兵第31連隊という部隊が、同じく八甲田山を通るルートの雪中行軍を行っていますが(しかも11泊12日の長距離行軍)、無事に全員生還を果たしています。

こちらの部隊は事前の準備や雪山への備え、さらに遭難を防ぐため地元民の案内役を雇うなどの周到な準備を行ったうえでの行軍を行っています。


何事も慢心せず、正しい知識と行動をもって臨むことの大切さを学びました(小並感)。慢心、駄目、ゼッタイ。バイクに乗るうえでも非常に大切な心掛けではないかと思います


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さて資料館の展示物です。これが遭難した青森歩兵第5連隊が装備していた外套なんかの装備になります。

日本兵というと国防色の上下に巻脚絆、略帽姿のイメージがありますが、明治時代は紺色の服だったのです


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そしてこれが背嚢。まあリュックですね。重さが体験できるように背負えるようになってます。


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その隣の小銃。時代的にたぶん三八式の前の三十年式歩兵銃(たぶん)。コッキングレバーあたりの作りがアレだったりしますが、雰囲気は体験できます。ちなみにボルトで固定されてて持つことはできません。残念


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そしてすべての装備を装着した明治時代の日本兵の姿がこちらになります。外套と軍帽は試着用が置いてありました。

写真右の雪上迷彩にスキーを装備しているのが現在の陸上自衛隊の雪上装備。

実はこの雪中行軍事件のときはスキーは本格的に普及しておらず、9年後の1911年にオーストリア陸軍の人が来てからスキーが本格的に普及したとか。


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資料をじっくり見たのち外へ。ここは雪中行軍事件にて亡くなった方たちの墓地です。

草原に白い墓標が整然と並ぶ墓はヨーロッパの墓地を連想しますね。


さて、見学してたら時刻がもう18時回ってしまったので、八戸までの道を急ぎます。

道は県道40号で八甲田山のふもとを突っ切り、国道102号、国道45号で八戸まで。道中、先ほど紹介した後藤伍長の銅像がありますが、すでに暗くなってて、写真撮ってもよくわからん状態でしか映らないと思ったのでスルー。

田舎道の車の少なさに身を任せてぶっとばして、20時ごろに八戸入り。

そこから駐輪場へ相棒を停めて、ホテルへイン。これから1週間八戸にて仕事をこなすことになります


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2日目走行距離::::::::::::>>362.65㎞
2日間合計走行距離:::::>>885.25㎞




さて、この後は八戸で一週間仕事。そして仕事終わりの金曜日、仕事上がりから東京を目指して出発です


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17時過ぎ、八戸市内を出発。

出発後は国道104号へ。そのまま国道4号へと合流。長い南下を開始します。


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その道中の盛岡市にて3万キロ達成。2011/7/26のエンジン換装完了から3年と2か月弱。乗ってない期間や、通勤で使ってないことを考えれば割と早めなんじゃないかな


さて、仕事終わりから貫徹して走る気はなかったので、22時ごろ遅めの晩飯を食べてから仮眠場所を探しつつ南下。
ペース的に23時ごろに仙台入りしそうだったので、仮眠場所がなければ仙台市内でネカフェでも探そうかと思いましたが、都合よく道の駅さんぼんぎがあったので、そこの道路情報センターで仮眠。

暖房の効いた建物の中は、それはそれは暖かかったです。


天国のような場所で3時間の仮眠の後、出撃。


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時刻5時過ぎ、もうすぐで福島というところで給油。暁の空の下、南下を続けます


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さらに下って9時前、栃木は矢板で給油。東京まではあと170㎞程。射程圏内ともいえる距離ですが、気を抜くとやらかすので注意して進みます。


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時刻10時ごろ、いい加減腹が減ってきたので栃木は小山市で朝食。座っているだけといえど腹は減るもんですから。

このまま国道4号を草加市あたりまで南下して、県道を通って環七へ。今回は都内通過ルートがどういうもんなのか偵察を兼ねての走行です。

その結果は環七は割と流れていますが、町田まで向かう都道3号が完全にアウトです。結局家まで数キロというあたりまで渋滞してました。
これなら遠回りにはなるけど、国道16号のほうがましなのかどうなのか。でも16号もなんだかんだ昼間は渋滞祭りですからね。やはり帰宅時間を深夜にするほかないのか


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そして家への到着は14時15分。走行距離は689.95㎞、八戸出発から20時間45分くらい。仮眠を除けば17時間45分といったところ。やはり都内走行のラスト50㎞がペースを落とします。もう都内なんて嫌です。田舎暮らししたい。
どんぐらい都内が嫌かと言ったら、都内走行100㎞やるより、750㎞日帰りで走ってこいと言われたほうがましなレベルです。バイパス、田舎の国道、信号のない酷道のほうが走ってて楽しいです。


そんなわけですでに1ヶ月経とうというところですが、これにて八戸遠征記は終了です




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